祝辞 こんばんわ

家族っていうのは本当に大事で、不思議で、太い絆でつながっている。
多分家族なんてモノは一つとして同じモデルは無くてみんなバラバラだ。
でもそれぞれの家族の中の根っこの部分の目に見えない、そしてうまく言葉にもできないなにかはみんな共通しているように思う。
それをあえて言葉にしたなら「その家族の現実」とでも言うのかもしれない。
ここからは「僕とおかんと妹と猫の家族の現実」の話。

3日前、かっていた猫が突然死んでしまいました。

名前はこてつ。
このブログにも幾度か登場していて覚えておられる方もいるやも。
ちょうど6歳になったところで逝ってしまった。
猫にしてもちょっと短すぎるかも。

大阪に帰ってからというものほとんど実家からでずに本当にニートになってアルバイトの働き口も無く、ただただ勉強するしか無かった僕にとって、いつも傍らにいてくれたのは彼でした。

本当に弟みたいで餌も休憩のときもいつも一緒に遊んでた。
横切るときに僕が彼の体をなでていると彼もまねをして僕が通ると爪をたてずになでてくれる。
本当にかわいいやつです。

死因も全くの原因不明。なんでなのかわからない。
死に際は母親がそばにいて異変に気づいて、いろいろ処置したけれど結局彼の意識は戻らなかった。
僕もそのそばにいたけれど何もできなかった。
妹に連絡すると大阪市内で一人暮らしをしている妹も飛んで帰ってきた。
そこから三人でわんわん泣いた。ただただ涙が溢れて止まらない。三人ともなんでこんなことになっているのか全然理解できてなかったんだろうな。

落ち着こうとみんなでお茶を飲むため食卓に着いた。この三人がこの家で一緒に食卓に着いたのは3年ぶりぐらい。特に僕と妹なんて一ヶ月前法事で会うまでは2年以上顔を会わせていなかった。

そのときふと、「こんな三人を引き合わせたのは間違いなくこの猫の人徳であって、故哲を介して僕たち三人つながっていたんだ」と考えが浮かんだ。もしこてつではなく僕が死んでいても同じことになっていて、多分この3人と一匹はものすごく濃密な太い絆でつながっているんだ、これが家族なんだと心底痛感した。
また悲しくなって涙が出た。

急すぎて、いないことに全然なじめい。
3にち過ぎた今でもなじめない。
ふと目をつむったらそこに変わらずにいる気がする。

失って初めてわかったのだけど僕たちの家族が持っていた現実は本当にキラキラしていた。
当たり前になっていて全然気づかなかったけれど本当に透明でキラキラしていてものすごく温かな現実だったんだと。

僕自身はそういうところから逃げたくて、今いる現実からずっと逃げていたのだろう。大阪でいることも悪くないし、むしろこの場所のすばらしさもわかっている。はびきのが案外良い街でやっぱり古墳はぼくの原風景だって思う。広岡家も口は悪いし、頭も良くない人ばかりだけれど、本当はみんな心配性で精一杯生きているんだ。
こういう現実と向き合うしか無いのだよ。

こてつがいなくなってその現実が本当に輝いてたことに気づかされた。
本当にありがとう。
僕や妹が家にいない間、母親を守ってくれてありがとう。
家にずっと一人で留守番してくれてありがとう。

どっかで巡り巡ってこの思いがまたこてつに届けばいいな。
これから僕の肩の上に乗っかって僕たちを見守ってな。

がんばるよ。

あと
資格試験は良くなかったです。
結果は91点とかなり微妙なボーダーです。

二ヶ月必死に勉強してこのざまとは本当に自分のスペックの悪さを思い知らされたな。
でもにっきゅうの実技やらやっときまったバイトやら必死になることはたくさんある。此れからもみててなこてつ。
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by hama_boy | 2010-07-26 00:59  

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