映像について

動画は増殖する。

当たり前のことだが、動画はコピーできる。
インターネットが出来てyoutubeができて、いろんな人たちがそこにアップする。
人気がある動画はコピーされ、別の人のネームでまたアップされる。
同じ動画が増殖し続けていく。
関数的に増えていくのもまた面白い。

コピーは今までは個人の範疇、あるいはとある限られた集団の中でのみ、広がっていた。
しかし、インターネットとつながった今、そこにはもはや何の垣根も存在しない。

近代の建築は静止画によって建築のイメージを氾濫させてきた、と言えるかもしれない。
それは紙への複写という手法の驚きと鮮度によるものだったのだと僕は思う。
だとすれば、現代の建築に必要なのは動画による新たな表現方法なのかもしれない。
それも高解像度で、見たことの無い新しい表現が必要なのだと僕は考える。
今こそ、「様相」という考え方がイメージを世界に氾濫させるための根底に必要なのではなかろうか。

そういえばarchitecture photoで去年一番印象的だったのはOMAのコンペの一等案の動画のプレゼンである。

静止画の美しさは抽象され、無時間的な美しさであり、二次元という拘束によるものから生まれていると思う。二次元だけれど時間は存在する動画。最近では3Dテレビが出てきた。あれで渡辺篤史の住宅探訪を見るとどうなるのだろう?と僕はもうそうしている。
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by hama_boy | 2011-01-15 21:49  

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