<   2009年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

村野藤吾についてこんばんわ

お盆に大阪に帰っていた。
そのときに村野藤吾の建築を何作か見てきた。

村野建築には独特の雰囲気がある。
反復が産む緊張感のあるファサード、おおらかで生々しい内部空間、そしてどの建築に影響を受けているかがわかるところ。
彼は非常に多くの作品を残してきた。
その作品からは経済性を組み込むことで生み出される美しい建築のあり方が見える。
建築というのはいわばパズルで西洋であろうと東洋であろうと素材をくみ上げるものである。
その中で同じようなパターンを繰り返したり、洞窟や彫刻のように自由なカタチをつくったりする。
前者ではそこで素材を工業化でき、経済性でメリットがある。
後者では一回性のある建築になりやすく、同じようなものをつくることが難しい。

しかし村野さんははじめから後者を目指していたのだと思う。
今までの境遇で学んだ前者、自分が目指していた後者がうまく合わさり対比関係にあることで晩年に見られるような緊張感のある面白い建築が産まれてきているのだと思う。

宝塚カトリック教会は非常に良かった。
床はタイルで反復を繰り返しその模様に併せて椅子や家具が置かれている。
対照的に壁、天井は有機的で包み込まれるように優しかった。

僕が目指したい二重性とはこういうことなのかもしれないな。
[PR]

by hama_boy | 2009-08-25 15:41  

建築課題についてこんばんわ

建築の課題で優秀な成績を収めること。
これは非常に重要なスキルである。

学部のとき成績なんぞくそ食らえと斜に構えた態度をとっていたがそんなやつは社会不適格者でまったくもって建築家に向いていない。
建築は合意の上に成り立つものであるからしてよっぽどな器のでかい施主じゃないと建築を建てれもしないのである。

「課題で優秀な成績を収める。」

これこそが僕たち学生に求められる社会性だと考える。
では課題でどのように優秀な成績を収めるか。
それはまず課題とは何かを考える必要がある。

課題とは先生の出すお題に提案することを意味する。
この提案を構築するには3段階の区切りがある。

「発見」「創造」「共有」

この三つを完全にやり切れればいわいる優秀あるいは「A」なのである。

この区切りはひとつ超えるたびに非常に気持ちが楽になる。
やりきった感じになるのだ。

この「発見」はスタディによって図式を導いたり、リサーチによって問題点を描写したりするためのものである。
だから別に人口変遷のデータ集めるとか決まりきったリサーチをやる必要性はまったく無い。

そして次の段階である「創造」。
「発見」したものをいかにカタチにするかである。
ここにプランやセクション、模型という行為が伴う。

そして最後に「共有」である。
大体の優秀な人はこれが非常にうまい。
人と考えを共有するためにカタチを整理したりプランを見やすくしたり、修正することである。

大体横国的といわれる人々は「発見」から「共有」へと「創造」も段階を踏まずにいこうとする人が多く、大体かたちが既視的であったり、ダイアグラム的な場合であり先生に建築家になりたいのかと聞かれ撃沈している。
一番成績が低いタイプ。

そして横国の外部生や芸大気質に多いのは「発見」したものを「創造」するだけで終わらせてしまうタイプ。
ちなみに僕はこのタイプである。
周りの人から見ればこういうタイプを「馬鹿」と読んでいるのだろう。
しかしそのくせこの部類は先ほどの部類よりも成績が高い。
平均してAからBぐらいをとるのである。
しかし提案を説明するとき言いたいことだけを言ってしまい何が良いのかを語れないのでここでとまると成績が低い。

そしてもっとも成績がいい部類。
「発見」したものを「創造」し、それを人と「共有」するために整理する人々。
この人たちは2週間前かそれ以前に最終形が見えている。
傍から見れば
「えっそこで形作るのとめるの?」
って思うこともあるがそれをとめることが非常に大事でそうじゃないと人に理解してもらいやすくするプロセスが無くなる。

ただこれのバランスが大事でやっぱり重要なのは「創造」のタームである。
ここがいまいちだと絶対にいい評価はもらえない。

良い「創造」のタームを経験するにはまず時間をかけること。
これは絶対。
そしてこれは個人や課題次第であるが二通りある。
ひとつは何度も案を捨てて「発見」から「創造」を繰り返すこと。
そしてもうひとつは「発見」したことをキープし「創造」のタームに時間をかけること。

何よりも先生を信じること。
面白くねぇよと思ってしまったら課題に集中するのはなかなか難しいものだけれど食わず嫌いも多いと思うのでできたら若いうちからがんばってほしい。

このブログは結構な数の人に読まれているので地方大学出身者は絶対に課題をがんばったほうがいい。
大学院で外部を目指したり、有名アトリエ事務所に就職したりを考えている人にとってコンペで名をはせるのは有効な手段だがそれは夏休みなどを有効に使って、課題に集中することを勧める。

皆さん課題がんばってください。
[PR]

by hama_boy | 2009-08-07 23:29  

現場/プレゼントスペースとオンデザイン「横浜アパートメント」の内覧会こんばんわ

b0127830_15193678.jpg


オンデザインの横浜アパートメント。
ものすごい高低差が激しい横浜らしい木密の中焼けに白い物体が浮かび上がっていてびっくり。
もっと街並の中で異彩差を放っていると思ったら周辺の過密具合と高低差のおかげで上下の層で全く違う表情を持っているのになぜかなじんでいた。

b0127830_15242835.jpg

そしてこれが原崎寛明・橋本健史・辻琢磨・田所雄大・永田賢一郎・彌田徹(403 architecture)のインスタレーション。
足場などに使われる単管をいつもとは違う向きにくみあげ、布板を積み重ねたものをばらまいて椅子などにするというインスタレーション。

b0127830_15303243.jpg


b0127830_15305753.jpg


b0127830_15311955.jpg


b0127830_15315718.jpg


この5mの半内部空間(ビニールのカーテンと床暖房が聞いているとのことなので)は住宅地の中にしては異例の寸法。
アーティスト育成のためのアパートなのでここで作品を自由につくってもらおうという魂胆。
壁や階段などいろいろ不思議な部分はあるのだけれども感動したのは「街を借りているという感覚」があること。

「街の一部である」ことよりも「街を借りる」と言った方が正しい。
横浜は港湾部の整然としたイメージとは対照的に非常に山、谷が多く坂や高低差、崖が多い。そのため一軒一軒の向く方向や見えている立面が場所によて全然違う。
そして古くからあるため一軒一軒の時代性がバラバラで古い建物の外壁などはとても味がある。
そういった状況をこの建物はうまく編集してインテリアとして取り込んでいる。

上の写真でも隣の住宅の外壁がとても近くでもすばらしく味があり、竣工直後とは思えない感じがする。内部は写真が無いがとても大きな開口が玄関になっていてそこから見える景色はまるで屋上にいるような錯覚をもたらす。

公共性をもった住宅というプログラムに対してこのカタチは街を借りる装置であることで答えている。ただそれが非常に楽観的に見えてしまうのも事実だっがこのハッピーな感じはまだここに根付いている古い共同体をまた別のカタチで残していけるのではとも感じられた。

そしてインスタレーションはこのハッピー感に乗っけられているなと感じた。
すごくシビアになにかを打ち出そうというのではなくつくることって幸せだと言わんばかりの説明のできないオブジェが埋め尽くしている。この街のふわふわしたALWAS的な街の様相にぴったりとあった門松だったんじゃないかなと思う。

シンポジウムの際、藤村龍至氏にこれをメディアに仕掛けたということが大事なのであり、それを強調すべきであるとさとされていた。メディアに対して仕掛けることが東京圏の都市空間に仕掛けることにつながると。

確かに彼らの功績はモノの仕上がりでなく会場を埋め尽くすほどの友人や建築学生、建築に携わる方々と藤村氏、西田氏、新建築の編集長を呼んだことだろう。
雨だし6人ぐらいしか来ないんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだが。

とにかくおつかれさまでした。

ちゃんちゃん
[PR]

by hama_boy | 2009-08-04 16:12