<   2010年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 

archiforum13th 第一回『これまでつくってきたもの』中山英之 レポート

「大阪では柳々堂という老舗の書店がある。東京でいう南洋堂のような存在である。
ここがTOTOと連携してarchiforumという講演会をやっている。
これが少し特殊であり、通年でコーディネーターを決め、テーマを決め一ヶ月毎に講師を呼び、ゲストに話を聞きながら対談していくという内容。
今年で13回目となりテーマが『誰がために建築は建つか』、コーディネーターは満田衛資、山口陽登。
今回のゲストは中山英之。講演タイトルは『これまでつくってきたもの』。

「今日は地面のはなしをいっぱいします。」という一言から講演は始まり、講演会のテーマに対して「誰のためのものかわからなくなる」という答えを彼は先に示した。
実際に講演は彼の作品を「地面」というキーワードをもって解説していく。

『ホワイトボードでのパフォーマンス』
その後、ホワイトボードに二本のL字を描いて、そこに椅子を足したり、毛を足したりすることでラグに見えたり、玄関に見えたり、ボイドに見えたり、、、。そういう思考実験。
後半でも出てくるが最初に描いた線の理由はいつも説明が無いと思っていた。今回もなぜ二本のL字なのかがわからない。多分それは「地面」を話の主軸においているからだろうということはわかる。どんどんモノや出来事が書き足されていくうちに最初の線の違和感が無くなっていく。

『白金台の"Yビル"』
もともとはガソリンスタンドだった場所を雑居ビルに建て替えるプロジェクト。道路の拡張と角地という立地条件によって、ガソリンスタンドのガラスボックス程度しか建築面積を確保できない。しかし、前にはガソリンスタンドだった場所に広い歩道が残る。そこの舗装のテクスチャーをあらかじめ聞いておき、同じものをビルの一階部分に敷くことで、ガゾリンスタンドのおおらかさを引き継ごうとしている。
しかし場所の記憶を引き継ぐという言葉は嫌いだと言っていたのが印象的だった。

『O邸その1』
京都の街中の間口が狭い場所。元は通路だったらしい。そこに二階の床を高く持ち上げてさらに1階の床を少しだけ地面から持ち上げて人が通れるように、駅のホームのような空間を作り出した。

『O邸その2』
真ん中に背の高い家型のカーブした空間がある。全面開口でものすごく開いている。中はカーブしているから見通せなくてまるで道が家にまで伸びたような家。
断片的なスケッチを組み合わせて延長のような建築を作り出した。

『2004』
地面と切り離さない住宅。ピロティとしては使えない50cmの空間があって、その上に一階の床がある。50cmって木密とかの家の間の寸法に似ている。こんな距離感を作り出したかったとのこと。元々は農地だった場所が住宅地になるため、周りに何も建っていない頃に敷地を見に行ったときは敷地境界線がわからなかった。そういう地面の広がりを50cmにこめているようだった。地面には境界線がある。

『草原の大きな扉』
北海道の草原に建つキオスク。建築家が一番良いと思う場所に建築をつくるのではなく、きた人それぞれが建築家になって自分自身が思う快適な場所を選んでピクニックする。だから2つの建築があって片一方はテーブルなどがある場所、もう一方はキオスクとしている。緩やかなカーブを描いていて扉を開けると大きなドアとホワイトアウトした空間が見える。扉がしまっているとスケールがわからなくなり、原野というスケールの無い場所にとけ込む。
実際には実現しなかった。だけれどこれを展覧会で展示することになり草がらのテーブルクロスの上に模型をのせて展示した。このテーブルクロスが特殊である。コンペの二次審査ではただの緑のクロスだったんだけれど展覧会のときにはクローバーやドクダミ、オオバコなどをプリントしたテーブルクロスにしている。彼は2004の中で雑草であるクローバーと他の草の境界線に気がついた。クローバーは強い雑草で一面覆われているように思うけど日陰に入るとドクダミの方が強くなったり、人が良く通るところにはオオバコが生えたりなんかする。そういう自然にできていく植生を計算しながらテーブルクロスを作り上げていったらしい。

『雑木林の中の家?』
楕円の平面をした住宅。雑木林の中に建っている。たくさんの窓が均等に開いていて人がそれぞれ自分の好きな風景を見いだしていくような窓にしたかったとのこと。だからどんどんとプランが見えてくる住宅。

最後に、ものを見るときのギアを変えていく。そんな可能性を見たいんだと彼は言っていた。

質疑応答ではゲストにO邸(以後、岡田邸)の施主である岡田栄造(プロダクトデザイナー、desigh.netの運営者)が交わった。
この家の周りからの反応について聞かれると岡田さんは嫁も楽しんでいると答え、街の人からも良い意味で変わった家だなと半笑いで言われると答えていた。

他にも絵に入れたくないものを描く苦しみはあるのか?と聞かれ、難しいところで最初に描いた線はもう既にある訳でその後の方が与条件が決まってくるのでどんどん最初の線が見えなくなっていく。岡田邸もスケッチを見ながら一緒に考えることは無かったと岡田さんは言う。

地面に対する感受性をどこで学んだか?と質問を受けて中山さんは美大受験の予備校で習ったと答えていた。
初めてリンゴのデッサンをしたとき対象だけを描いていたけれど二浪三浪している人たちは地面を描いていたらしい。それをみてから地面に対する興味がものすごく生まれたとのこと。

岡田邸の建築のシンボリズムについて聞かれたときに学生の頃は
「シンボリズムみたいな作り方も私的な作り方も嫌っていてもっと自動生産的につくりたかった」
と答えていてとても印象に残った。しかし設計の現場ではやればやるほど自動生産的なものから離れていく。だから嫌っていたものと向き合い、設計に取り入れていると答えていた。

最後の質問で住宅は誰のためのものかと?と聞かれ、岡田さんは「他の人が自分のモノだと思えばそれはそれでいい」と答え、中山さんは「今はシステムのためにあるものだけれどそこに風穴を開けたい」と答えていた。


講演会の内容はざっとこんな感じ。
僕は話を聞いていて、そのときふと和辻哲郎の『風土』が頭をよぎった。
主観的な体験の重なりが客観性を帯びてくるようなそんな印象。
それは誰かが体験したことを書いているにも関わらずその体験記は元からあったかのようなすごい不思議な世界観を持っていた。
「シンボリズムみたいな作り方も私的な作り方も嫌っていてもっと自動生産的につくりたかった」
と言っていたことが印象的であり、この部分が和辻の『風土』との印象が似ている部分なんだろう。
最後の質問の答えも主観と客観を捉え方と言える。彼らの主観は常にいろんな視点が混ざっておりそこで比較がなされているからこそ、「誰のためのものかわからなくなる」という客観性を獲得しうるのではないだろうか。
ただそのときに地面を図と地の「地」として捉えていることが気になる。『草原の大きな扉』では草の分布というとてつもなく小さなスケールから何も無いという原野の極大スケールまで一気に話が飛ぶ。他の作品の説明も同じようにスケールのジャンプを感じている。だから「みんなのためのモノをつくるというおこがましいことは言わない」というスタンスになる。これは公共性を語らないということであり、共同性をもう少し小さなところを語っているように感じる。
先輩とこのことに議論しているときに僕としては公共性、共同性のスケールを建築家は語る必要があると言った。そのとき先輩は中山さんなどの住宅など小さな建築をつくっている日本の若手建築家たちはその説明を省くことが重要なんだと言っていた。しかし、語らないと公共性、共同性に関する意識はどんどんと薄れてしまう。
地面を語るとき『風土』のような中くらいのスケールとの向き合い方を中山さんは語るべきだと思う。実際に中山さんは考えていて、草原の大きな扉の立つ位置や形態もその地方に吹く風や周りの植生から考えていた。二次審査のときにはそうやって語っていたのである。
仕事が建築家をつくっていくと誰かに聞いたけれど小さな住宅を中心に仕事が来ていることで少なからず、小さなところにしか目がいっていないのは必然なのだろうか?

次回は日建設計の山梨知彦が来る。山梨さんの相手にしているスケールは大きい。今回とは全く違う一面を僕たちに提供してくれるだろう。非常に楽しみだ。

ちゃんちゃん
[PR]

by hama_boy | 2010-04-29 10:36  

大阪にかえってきたこんばんわ

紆余曲折あり、大阪に帰ってきました。
今のところは1年半ぐらいいる予定です。
その後また東京に戻ろうと考えている所存でございます。

今日は大阪の街を歩いた。ひさびさに歩いたけれども変わっていない。
実際には建物は変わっていたりするんだけれど大阪の街にある独特の「置物感」は変わっていない。

例えば御堂筋。ここはゼネコンと組織設計の設計した建物の展示場みたいに見える。
生き生きと建築が生えている感じは無くもの無味乾燥なものに見えてしまう。
建物のスケールと道路のスケールが大きすぎ、魅力的なパブリックスペースが整っていないことが影響しているのだろう。
その中で西本願寺が異様だ。
御堂筋に面するビルの大きなスケールに対応した神社建築で4層分ぐらいの高さに人工地盤を持ち、なおかつ3層ぐらい上がったところに巨大な本殿がある。人工地盤をつなぐ階段も魅力的だし、退屈な風景にインパクトと広がりを与えている。
これは都市の体験としてはすばらしいものだ。こういうパブリックスペースをかねた建築をオフィスビルでも採用すればもっと面白い街ができるのに。全部が公なると良いとは思えないけどこういう形式が難波までに10個ぐらいあればかなり豊かになるのだろう。

そして大阪の恩師/小山隆治先生にあってきた。
彼は1年前と比べると少しやせていて男前になっている。
彼の建築はかなりクラフトマンシップに溢れている。実際に小山さんが金槌などを駆使してつくっているような感じが建築からするのだ。
今、ギャラリー間で行われている竹原義二の事務所に通ってたことやライトや村野藤吾に憧れていたと聞いていたのでこの感覚は一体どこで手についてたのかがいつもわからなかった。
よくよく聞いてみると彼は4年ほど工務店で現場監督をしていた経験があるらしい。

なるほど。

だからこそこのつくっている感じが残るのか、納得した。
小山さんの住宅は結構良いですよ。ぜひ皆さん雑誌などでご拝見を。

後竹原さんの施行をしている工務店の方もその場におられて話しているとものすごく心に響く言葉を言われた。

「何も知らない方が自由に描けるよ」

知ってしまうとあとに戻れない。だから自分が知っているところを元に描いてわかる人に頼めば良い。
人間は人生は限りがある。だから建築をわからないところは支え合うしか無いんだ。
やっぱり外にでて触れる情報は大切だな。

ちゃんちゃん
[PR]

by hama_boy | 2010-04-23 23:45